2009.9.1 新しい旅立ちの日

44回続けてきたこの守田たかし活動ブログ「もりたっちだより」も今日で最終回となった。

8月31日、選挙御礼の辻立ちと挨拶回りを終えて、

自宅に帰り、過ぎ去りし選挙戦の日々を振り返っていた。

しかし、どうしても、あれだけみんなで総力戦で戦い、

頑張ったのに票が取れなかったことへの疑問は去らなかった。

「考えてももう済んだことだ。さあ風呂に入って今日は早めに休もう」と

思っていた夜10時ごろのこと、突然携帯電話が鳴った。

湯布院正心館佐竹館長からの久々の電話だった。

「守田さん、異動が出ました。九州本部研修所所長です。

併せて熊本1区開拓支部長兼務となってます。

また一度湯布院に上ってくてください」

「はい、分かりました」と電話を切ったものの、

異動と言われても何かピンとこなかった。

これまでずっと頭が選挙モードになっていたので、

自分が湯布院正心館講師であることすら忘れていた。

それよりも、「なぜ?どうして・・・」

気持ちはまだ、選挙戦の敗北にこだわっていた。

ぐるぐると煩悶しながら私はいつの間にか

深い眠りに落ちて行った。



明くる朝の9月1日。

なんという不思議なことだろう。

実にさわやかな気持ちで目が覚めた。

それとともに、自分がなぜ負けたのか、

これから何をしていくべきなのかが分かった。

まるで霧が晴れたかのように視界が開け、

ずっと先まで青空が広がっているような気がした。

それはとても清々しく嬉しい心境だった。



「日常活動がまったくできていなかったのだ。

これからは、町内の集まりに、同窓会に、囲碁のサークルにと

いろいろな出会いを通してたくさんの人と触れ合っていけばいいんだ」と、

自然に思えるのだった。

そして、挨拶回りで私に投げ掛けられた言葉が

温かい励ましとなって甦ってきた。

「選挙の時だけお願いしてもダメだよ」

「日ごろ地元の行事に参加してなかったでしょうが」

「党として個人としてできる社会貢献をしなさい」

「市会議員あたりから行けば通るバイ。また頑張れや」

また一方で、ご縁があった方も、見ず知らずの方でも、

一生懸命手を振り、言葉を掛け、手を握り、

励ましてくださった多くの方たちの顔も思い浮かんできたのだった。

有難うございました。本当に有難うございました。

私は心の中で、これらのすべての方々に手を合わせた。

その時、大海原に船が出ていくイメージが現れた。

今、私は10年を過ごした山の精舎「湯布院正心館」を去り、

美しい海の入り江に囲まれた九州本部研修所へと、

新たな使命をいただき、旅立とうとしている。

「私は見事主の願いに応え、必ずや自らの使命を果たしてまいります!」

朝日に煌めきながら、どこまでも広がる海に向かって、私はそう叫んでいた。(完)



皆様ご愛読ありがとうございました。

この活動ブログは「守田たかし選挙奮戦物語」と題して一冊にまとめ、

希望者には提供いたします。ご希望の方は、私のEmailアドレス、

yufuin-no-kaze@ion.ocn.ne.jp

までお申し込みください。

では、読者の皆様、九州本部研修所でお会いしましょう。お元気で!

九州本部研修所外観.jpg

2009.8.31 落選ご報告と感謝の辻立ち


投票日から一夜明けた8月31日。

体を休める暇もなく、

朝一番の8時、熊本県庁で落選のご報告と感謝御礼のための辻立ちをした。

それから、支援してくださった方々への御礼回り。

午後からまた下通り、上通りで落選挨拶の辻立ち。


「熊本市民の皆さま、私はこの度の衆議院議員選挙に

熊本1区より立候補いたしました幸福実現党の守田たかしでございます。

今回の選挙では私、力及ばず残念ながら当選には至りませんでした。

しかし私たちの、国を良くしたい、政治を変えたい、

多くの国民の皆様の幸福を実現するために頑張りたいという

純粋な理想、志の一端はお聞き届けいただけたものと思います。

立党から3カ月、国防や景気問題で我が国の直面している国難を回避すべく

訴えてまいりましたが、多くの有権者の皆様が私たちの主張に

耳を傾け、ご賛同、ご支援くださいました。

本当にありがとうございました。

しかしながら落選という結果をいただいたことは、

私たちの努力がまだまだ不十分であったという

国民の皆様の審判をいただいたものと真摯に受け止めさせていただきます。

今後、さらに皆様の期待にこたえられる幸福実現党、

そして私守田たかしとなれますよう精進を重ね、

次の機会に備えるべく頑張ってまいります。

皆様本当にありがとうございました。」


このように辻立ちで挨拶していたところ、

紳士帽をかぶった小柄の年配の男性が通りかかり、

私に話しかけてきた。

以前、街頭演説の際に足と耳を止め、「幸福実現党の政策に全面的に賛成!」と

わざわざ選挙事務所まで訪ねてきたYさんという方だった。

「投票の翌日、こうしてすぐに辻立ち挨拶に来るとはたいしたもんだ。

これからも頑張りなさいよ」

涙が出るほど嬉しい励ましの言葉だった。

かくしてこのあと3日間、活動中に応援してくださった個人、会社を回り、

長いようで短かった選挙戦を締めくくったのだった。


しかし、あれだけ一生懸命、みんなで総力挙げて戦ったのに、

どうして3000票にも届かなかったのか?

熊本4区のK候補はそれでも6668票も取っていた。

どうして?という疑問は心のなかに渦を巻いて、消えなかった。
公設ポスター掲示板.JPG

2009.8.30 運命の投票日を迎えて

8月30日。ついに、第45回衆議院議員選挙の投票日が来た。

「候補者は自宅で待機せよ」との政党本部からの指示で、

私は何もすることもなく自宅でゆっくり過ごしながら

ついうたた寝してしまった。

「はっ」と気がつくと、まだ午前中である。

しばし熟睡していたらしい。

「しまった!寝坊した、今日の朝の街宣はどこだっけ?」と慌てた。

ふと、思い出して、

「そうか、街宣はもう終わったんだ・・・」と一人、苦笑いした。


私は6月に湯布院から熊本に住民票を移していた。

だから今回は残念だが選挙権がない。

仕方がないので、一心に駆け抜けた熱い選挙戦のことを振り返りながら、

投票締め切りの時間を待った。

夕食を済ませ、夜7時。選挙事務所に到着。まだ誰も来ていない。

投票終了の8時近くになって、選対本部長のSさんやら、

ボランティアの皆さんが三々五々と集まってきた。

熊日の若い記者Iさんも駆けつけて、選挙結果の予想などをしきりに尋ねる。

しかし、何と答えようもない。

私自身、いったいどれほどの票が入るのかさっぱりわからないのだから。


夜8時、投票が締め切られ、開票作業が始まった。

段々に票が開き、4区自民、3区自民、2区民主、5区自民と、当確のテロップが流れる。

しかし熊本の開票経過はまったく入ってこない。

何かトラブっているらしい。

ところが、開票ゼロなのに、8時過ぎにはもう、

熊本1区は民主M当確と出るではないか。

開票ゼロなのになぜ当確なのか?

出口調査でそれがわかるのだそうだ。

それにしてもまだ1票も開票結果が公表されていないのに当確だけが先行するなんて、

選挙民に失礼ではないかと思ったりする。


9時過ぎ、開票所に立ち合いに行っているUさんから電話が来た。

開票事務のミスで投票結果の途中経過がなかなか発表されないが、

自民、民主、数万票取っているのに対して、

我が守田たかし候補の票は「2000票からなかなか伸びない」と第一報が入る。


9時半、開票結果ゼロとの報道が続く中、潔く負けを認めることにした。

外に張ったテントの中、テレビを消して、皆さまの前に元気よく敗北宣言。

それとともに、一緒にこの暑い選挙戦を闘い抜いた同志の皆さまに

感謝の言葉を述べた。期せずして温かい拍手と、花束が贈られた。


結局、夜中過ぎに判明した票数は、2907票だった。

正直言って、数万票は取れると思っていた。

有権者の下した判定は厳しかった。

何ともいえない悔しい開票結果に、唇を噛みしめた。

2009.8.29 ついに選挙活動フィナーレ

いよいよ選挙活動の最終日となった。

朝5時20分に起きて、武蔵小学校に駆けつける。

武蔵校区全地域からの参加者ラジオ体操の会場で最後のお願いをしてはどうか、

という提案をしてくれたのは、地元の熱心が守田候補支援者Tさん、一般の方だった。

「うーむ果たして、こんなラジオ体操会場まで押し掛けてよいものか?」

と多少悩んだが、せっかくのご提案であり、

候補者はどこまでも厚かましくとの天の声が響いて、

実行に移すことにしたのだった。

会場に行ってみると、Tさんだけでなく、私の両親までもう来て並んでいるではないか。

私もラジオ体操に参加。200名は来ているだろうか、運動場はいっぱいの人出だった。

終わって記念品が配られている最中に、門の前に待機。

ぞろぞろ出てこられる参加者に、

「守田たかしです。よろしくお願いします」と挨拶し、名刺を配る。

小学生が、「あっ、この人知っとる。守田たかしの本物ばい」

とかガヤガヤいいながら通っていく。


かくして、最後のお願いの日はこのようにして始まり、

この後、水道町、浄行寺、麻生田、飛田、そして地元武蔵が丘と各地での街宣活動、

昼は上通りで最後の練り歩き、その後は街宣車で市内を最後のお願いに回りまくる。

最終日の午後中、マイクを握り訴えながら手を振り続ける。

ウグイス嬢の声は一層熱気を帯びて鬼気迫ってくる。

さすがにこの辺で1時間くらい休みたいと思ったその瞬間、後ろの嬢が、

「守田たかし、最後のお願いに参っております。

守田たかし、この厳しい選挙戦に、命を捨てる覚悟で臨んでおります。

どうか皆さまのご支援を守田たかし守田たかしにお願い申し上げます」

と、激烈に訴えかけるではないか。

「うーむ、命を捨てるとまで言われた人間が休んでなどおられるか」。

かくしてこの日、12回の街頭演説をこなして、

ぶっ通しの街宣は朝から夜6時まで続いたのだった。


そしていよいよ最後2時間の練り歩きの時間になった。

下通りに集まってきたのはなんと30名の大軍団。

入れ違いに帰っていく自民党のK候補の軍団をしのぐ勢いだ。

「幸福実現党、守田、守田たかしでございます。

消費税ゼロ、ミサイル阻止の幸福実現党 守田たかしでございます」

軍団が大音声で叫びながら、下通りを練り歩く姿は壮観だ。

チラシを受け取ってくださった方には、守田候補がコマネズミのように

走り回りながら、名刺を渡し、握手をする。

今日一日目いっぱいの街宣の後で、よくもまあ、こんなに走れるものだと我ながら思う。

銀座通りにさしかかると、S選対本部長が、「候補、ここで演説!」と催促する。

夜の交差点で、気合いっぱいの街頭演説。

すると演説中に、妖艶な女性が通りかかり、「私のこと覚えてる?」と囁くではないか。

一瞬「ぎょっ」とし、首をかしげていると、「ほら県庁時代にあなた来てたじゃない」。

「えー、〇〇〇のママ?」私が驚いていると、隣にいた常連らしき男性が、

私のマイクを奪い取り、「守田たかし、がんばれー」と叫んでくれるではないか。


7時半過ぎ、下通りは群衆でごったがえすなか、最後の練り歩き行軍は続いた。

8時前、サンロードから辛島交差点前まで来た。

S選対が「候補、最後の演説を!」と促す。

「では」、とマイクを握り、思いを込めて最後の演説を吠える。

すると選対、「候補、あと5分あります」というではないか。

「よっしゃ」と、守田候補は果敢に最後の5分、ありったけの思いを込めての大演説。

「ジャスト8時です」と選対の声とともに、拍手の大きな輪が広がり、

思わず、「万歳、万歳、万歳」の歓呼の声が繁華街にこだました。


かくして、街頭選挙活動は終わった。

帰りの街宣車のなか、主と共に駆け抜けた12日間を振りかえりつつ、

流れ込む風に身を任せていると、心地よい疲れが全身を包むのだった。

さあ、悔いなく戦った。後は、「人事を尽くして天命を待つ」のみである。

最終日夜の街宣.jpg

2009.8.27 候補者は厚かましくあれ

もうだいぶ前のことになるが、支援者のOさんの家に、

公設掲示板へのポスター貼りボランティアのお願いに行った時のこと、

日ごろはおとなしいOさんの奥さんが、

「守田さん、候補者は厚かましくしないといけませんよ」

と、きりっとした顔で言われるではないか。

選挙活動に入る時から自分でもそう思ってはいたし、

そう努力はしてきたつもりだったけれど、

「うーむ、これはやはり天の声だ」と感得し、それ以来、

内気でシャイな守田候補はますます厚かましさを旨とするようになったのだ。


そこで「厚かましい話①」は、

大胆にも天理教さんにも言ってみようと思い、電話したこと。

というのも、前を通るたびに、信者さんらしき方が

よく手を振ってくれるというだけの理由なのだが、

教会長の代理らしきAさんが応対してくださることになった。

北水前寺にある教会は明治20年ごろの創建という。

広大な敷地に古風な作りの教会堂があり、

広い畳敷きの礼拝施設の中央には祭壇があり、神主風の方が右手に座っている。

応対してくれた方は渉外部の部長さん。

「天理教の政治への関わりは?」という私の質問に、

「いやあ、昔宗教法人法ができる時には国会議員を出したりしましたが、

それ以降はやってないですね。全国に候補者をだされるとはたいしたものです」

と幸福実現党の立党に驚いておられた。ちゃっかりご支援をお願いし辞去する。


さて、次の厚かましい話②は、「市長に会いに行くの巻」。

ボランティアの中に元市職員の方がいて、

「市長にも挨拶ができればいいね」、という話になった。

そこで、投票日も間近い8月27日、厚かましくも直接秘書課に電話。

秘書課長に通じた。衆議院議員立候補者というのは強みなのか、

紹介者なしの飛び込みの会見お願いに、

「市長が会えるかどうか検討させてください」との返事。

次の日の午後、「5分だけなら」という条件で会見のアポが取れた。やったー。

当日は元市職員のMさんと共に、13時15分に市長応接室で幸山市長と会見。

ご挨拶。非常にスマートでかっこいい市長さんだった。

先日大川総裁の街頭演説会場に市役所前広場をお貸しいただいたことへの御礼を述べ、

政令都市への移行、新幹線開通など最近の熊本市の発展ぶりは

市長の意欲的なチャレンジ精神の表れですねと言うと、「

熊本城本丸御殿の成功が大きかったですね」と相好を崩された。

なごやかな会談となり、ちゃっかり握手して別れた。


そして最終日、もう一つの「厚かましい話③」が

武蔵小学校で行われる早朝のラジオ体操会場でのPRだった。(続く)
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